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佐竹城下を歩く18 - 太平 -


  ▲太平川沿いにある太平小学校


 ▲緑の矢印が撮影場所 大きな地図で見る

太平(たいへい)は古くは「オイダラ」と呼ばれた。大江氏の居住した所という意で、「大江平」(おおえだいら)の訛ったものという説がある。

しかし、これはどうもこじつけである。「山の麓の動揺する地」(湿地のため)ではないだろうか。これは、東北方言の古語まで遡った語源調べから分かったことである。

実際、太平の中心地である目長崎は、太平川の洪水にしばしば見舞われる湿地帯に太平城が存在する地域であった。

太平は「オイダラ」の当て字である。これが他国の者に「タイヘイ」と読まれたり、オイダラの連想から「オオダイラ」と呼ばれたのだろう。

したがって、寛永元(1624)年9月の「太平山下がり」(佐竹家譜)も「大江平下タ狩」(秋田沿革史大成)もオイダラの当て字である。太平という当て字はお上に報告する文章のために使われたのだろう。

明治22(1889)年の市町村制施行で、太平地区の合併した新村名でオイダラ村と称した。

今日でも、オイダラ牛とかオイダラ衆とかの言葉が残っている。

【歴史作家・土居輝雄】

※土居さんの「佐竹城下を歩く」は週刊アキタに好評連載中。